大判例

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大阪地方裁判所 昭和38年(レ)105号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕本件解約申し入れの正当事者の有無について、判断を進める。

(一)、≪証拠略≫を総合すると、次のような事実を認めることができる。即ち、被控訴人は、昭和二六年一一月八日理髪店を営んでいた夫訴外俵大吉と死別した後、しばらくの間、職人を雇い入れ、兄嫁である訴外俵ステ名義で自ら理髪店を経営していたが、経営状態があまり芳しくなかつたため、本件店舗を訴外山崎某、及び、訴外久保田某に順次賃貸し、次いで控訴人に賃貸するに至つたこと、控訴人に賃貸した当時被控訴人は、一三才であつた長男訴外俵憲二郎を頭に四人の子供を抱え、生活に困窮していたが、訴外俵憲二郎が長じて理容師となり、本件店舗で理髪店を営んでくれることを希望として生活の困苦に堪えてきたこと、訴外俵憲二郎は昭和三六年一二月一八日理容師の免許を取得したが、開業すべき店舗がないため、他の理髪店に住込みで働いており、又三男訴外俵武美も理容師見習いとして、他の理髪店に住込みで働いていること、被控訴人は、訴外永田仁助に本件店舗の賃料として一カ月金四、〇〇〇円を支払い、控訴人から賃料として収得する一カ月金一〇、〇〇〇円との差額一カ月金六、〇〇〇円、及び工員をしている長女訴外俵登美子の給料(一カ月約金一〇、〇〇〇円)、並びに、被控訴人が近所の手伝いをして貰う謝礼とで生計を立てているが、その生活は必ずしも楽ではないこと、被控訴人と長女訴外登美子及び四男訴外俵豊が居住している住居は、本件店舗の北側に接続した木造中二階建の建物であるが、その建坪は二坪足らず(東西一六五センチメートル、南北三五五センチメートル)であり、階下は板の間で、一階の天井の高さは一六五センチメートルしかなく、又中二階の板の間には上敷を敷いてあり、その天井の高さは、西側の高い所で一五五センチメートル、東側の低い所では一一〇センチメートルであり、又二階に通ずる階段は大人一人が少しかがんでやつと昇降できるような状況で、極めて狭隘にして、防火、衛生上の見地からみても好ましくない建物であること、以上の各事実を認めることができる。右認定に反する≪証拠略≫は、前掲各証拠と対比して信用できず、他に右認定を覆すに足る証拠がない。

(二)、一方、≪証拠略≫を総合すると、次のような事実を認めることができる。即ち、控訴人が被控訴人より本件店舗を賃借した当時は、顧客が少なく、営業が不振であつたが、控訴人の努力や、大阪市南区高津町八番丁七番地で理髪業を営む控訴人の義弟訴外中田要助の援助等によつて、次第に顧客を得て老舗もでき、営業が軌道に乗るようになり、現在では、職人一人を雇い入れ、妻と三人で働いて一カ月約金一〇〇、〇〇〇円程度の収入を得るようになつたとはいえ、職人に給料を支払い、経費を差し引くと、控訴人の手元に残る純収入は一カ月金四〇、〇〇〇円から金四五、〇〇〇円にすぎず、現在高等学校に通学している長男一人を抱えて、生活するのが精一杯というところであること、控訴人が居住する家屋は裏通りに面し、六畳と二畳の二間であつて、ここで理髪店を営むことができず、又新たに店舗を開設するだけの資力がなく、五〇才に近い控訴人としては、今更他に職人として就職することを望まないこと、控訴人は昭和三四年初頃より昭和三五年六月頃までの間理容学校を卒業した被控訴人の長男訴外俵憲二郎を職人として雇つていたことがあり、同人がその後前示のとおり理容師の免許を取得して本件店舗で理髪店を開業できるようになつたことを了知していること、控訴人は本件訴訟が原審に係属しているとき、金一、〇〇〇、〇〇〇円で本件店舗の賃借権を譲り受けたい旨申し出たが、被控訴人がこれを拒絶したこと、以上の各事実を認めることができ、右認定に反する≪証拠略≫は、前掲各証拠と対比して信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠がない。

(三)、右(一)及び(二)に認定した事実に右事実から推認しうる次の事実、即ち、(一)控訴人が本件店舗を明け渡さななけれならないとしても、理髪店を営む義弟訴外中田要助のところで働くことも不可能ではないと思われること、(2)被控訴人が本件店舗の明渡しを受け、これと前示居住家屋を連絡させて一体として使用することにより、前示の極めて非衛生的、非文化的な住居の環境を少しでも改善することが可能であると認められること、を併せ考えるときは、被控訴人の本件店舗を使用収益する必要性は、控訴人のそれよりも大きいと認められるから、被控訴人の本件解約申し入れは、正当事由に基づいてなされたといわなければならない。(下出義明 寺沢栄 喜多村治雄)

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